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日馬富士の引退について(モンゴル編) [国際]

日馬富士の暴行はやはり彼自身に責任があります。リモコンで何度も頭を殴る行為は危険性の高い行為です。

しかし日本人とモンゴル人とはこの感覚に温度差があるのです。確かにモンゴルでも暴力は許されないのですが、日本人が思うくらい悪い行為だと思っていないのです。モンゴルでは古来より族長や年長者に逆らうことは許されないという風習があり、年少者の素行が悪い場合、鉄拳制裁も許されるという文化があるのです。

ですから、今回の事件でもモンゴル人の感覚では日本の報道が日馬富士の暴行ばかりを批判し貴ノ岩の素行について、なぜ批判しないのか不思議だそうです。つまり、日馬富士がやり過ぎたことは良くないと思うものの、貴ノ岩の先輩への不遜な態度も良くないと思っているのです。だから、なぜ引退までさせる必要があるのかという疑問をもっているのです。

結論を言いますと、いかなる場合でも暴力は許されないという日本人の考え方をモンゴル人は理解しないのです。不遜な態度をする者にはある程度の暴力も許されると考えているのです。チンギスハンのモンゴル帝国を見れば、わかるように日本人よりも気性が激しいのかもしれません。





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LargeKzOh

 ご指摘同感です。

 大げさに言えば私たち日本人は、1945年以降、民主主義教育を強制的に受け、”人類皆平等” と教えられ、それ故に暴力絶対駄目に至ったと考えます(教えた側の人類皆平等主義が如何に観念的なものに過ぎないか、今の米国を見れば明らか)。

 が、格闘技とは本来優劣を決める争いで、勝たなければ意味が無い・・・相撲だって同じだから、本来的に持っている暴力的要素が民族としての考え方に+された結果が今回の出来事だったと捉えています。

 相撲本来の性質からしても日馬富士関は引退すべきでは無かった・・・と自分は考えていますが、この件に関してはブログしておりました。
 お時間あればご訪問を・・・
by LargeKzOh (2017-12-17 10:32) 

加美の幸村

LargeKzOhさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、暴力絶対駄目という思想は日教組の戦後教育による影響が大だと思います。
私は貴ノ岩の被害感情がまったくわからない中で、日馬富士を引退させるのは間違いだったと思っています。示談で慰謝料を払わせて、一場所の休場(謹慎処分)ぐらいにすべきであったと思っています。
by 加美の幸村 (2017-12-17 18:30) 

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